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ファイト新聞

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震災から1週間後の3月18日に
気仙沼の避難所で暮らす小学生がはじめた壁新聞の「ファイト新聞」。
子どもたちが編集して避難所に張り出して大きな反響を呼んだこの新聞が
50号を最後に休刊するということを番組でもご紹介しました。
避難所に暮らしている方が減って、
子どもたちも学校活動が忙しくなったことが理由だそうです。

避難所のくらしを綴ってきたファイト新聞にはひとつだけルールがありました。
それは「暗い話は書かない」ということだったんですね。

その「ファイト新聞」が1冊の本になって出版されました。

創刊日となった3月18日にB4判の紙に鉛筆で書くスタイルで
はじまったファイト新聞はメディアで紹介されると全国から模造紙や文房具が
寄せられてどんどんカラフルになっていきます。
途中から写真やシールも貼られてバリエーションが。

創刊号の3月18日の記事には『電気ふっ活!』の文字。
2号には『ごはんだけでなくパンも出た~』とパンの絵付きで。
3号には『夕ごはんにラーメンがでた~』と大見出しが踊っています。

2週間たった頃には『みなさん、しょんぼりではなくスマイルで生活を
すごしましょう』とあります。

そして4月15日に発行された29号には初めて写真が載っています。
”きのう、カメラをかりて"撮ったというその写真とは『桜』。
"春みっけ"の文字。

子どもたちのやわらかい心できりとられた景色。

ページをめくっていけば子どもらしいかわいらしい表情ものぞけて
編集スタッフを"ファイト新聞社 社員”と読んでいるのですが、
最初はどうやら"アルバイト”として入り、のちに認められて
"社員となりました~”と紙面で発表、というスタイルをとっています。
メディアから取材を受けたときのドキドキ体験が綴られていたり。

それでも初代の編集長の女の子が避難所からおじいちゃんの家に
移ることになり、みんなでありがとうといって送り出す号があったりして
突然の変化、変化、変化を小さな心がほんとうに一生懸命
受け止めていたんじゃないか、と思いました。


そんな大変な状況なかで、よかったこと、嬉しかったことを探して
記事にし続けた子どもたちの頑張りはまわりの方を励ましました。
報道で知った多くの人にも勇気を与えてくれたと思います。

だからこそ、これ以上子どもたちに無理を強いないように
大人が動いていかなければ、そして国に動いてもらわなければならないと強く思います。

以前、わたしにアナウンスの基礎のすべてを教えてくださった方が
震災後に励ましのために
"言葉もひとつの支援だ"ということを伝えてくださいました。
わたしはこの"ファイト新聞"に、言葉もひとつの支援であることを
教わった気がします。

『宮城県気仙沼発"ファイト新聞"』
売り上げ1冊につき100円が、日本赤十字社を通じて
被災地への義援金として寄付されるそうです。

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2011年7月12日 22:13に投稿されたエントリーのページです。

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